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「科学と芸術の交差点」

植松琢麿は、これまで動物の剥製などを素材に造形作品をつくる若手作家として活躍している。

植松のように生きた動物や剥製を展覧会場に登場させることは、目新しいことではない。今や新しさという価値への信仰も意味を持たなくなっているが。1969年ローマのラティコ画廊ガレージに10頭の生きた馬を壁に繋いだヤニス・クネリスの「馬」という作品などが有名だ。その他、1966年リチャー ド・セラの作品「動物の住居」では生きたウサギと剥製のウサギを、1967年ヤニス・クネリスの作品「オウム」は、生きたオウムを使ったものがある。約40年前に画廊に生きた動物や剥製が展示されている。

さて、植松琢麿の作品といえば、科学と芸術のはざまを振り子のように振幅する。そんな作品を創造する植松は、生命の神秘を追い求めて作品を制作してきたに違いない。その作品には、彼なりのコメントがあり、メッセージが隠れている。「I was born -deer to human(2003)」では鹿の剥製の角を持って空中に舞い上がる人のオブジェを制作。この作品に植松は「地球上には現在、人間を含めて既知の生物だけで約140万種が多種多様に生息、人間だけで約63億6千人が同じ時間を生きています。もし、生物が意志をもち、死後それぞれの輪廻が叶うならば、再び空間の相互関係が生じる瞬間に一体何に生まれ変わりたいと願うのでしょうか。人間への輪廻を願う生物がどれだけいるのでしょうか」というコメントを寄せている。地球という生命体への植松の想いは、動植物の生態の過去・現在・未来へも広がって、時空間を超えたイメージを想像し膨張していく。限りない地球史の1 ページをひも解くようだ。

また一方「the origin(2004)」では「人と羊の配合から誕生したような、白い毛で覆われた赤ちゃんが、ジャイロスコープの中で回転する作品。(中略) 地球の自転運動から誕生したジャイロスコープには、どこか生命の神秘が感じられ、その中心の一点には何か誕生の方程式が隠されているように思います。」と語る。このコメントからは「生命の神秘」というキーワードが導き出される。このキーワードに魅了されて彼は作品を作りはじめ作り続けているのだろう。生命への畏敬の念と神秘という不思議。生命連鎖による生命体の巨大な宇宙に自らも組み込まれている偶然という必然と謎。DNAの秘密を解明してきた人類は、今、科学技術で神の領域に手を染めようともしている。それは、地球全体の生態系バランスを崩す自然環境破壊に拍車をかけるものではないだろうか。そんな警告を発してきた植松作品は、科学と芸術を考える「場」を提供しているとも考えられる。

今こそ、科学技術と芸術哲学を見直すことが、幸福への手がかりであり、21世紀に生きる我々の責務ではないかと問いかけているような作品群だ。植松の作品プレゼンテーションの中には、そんな秘密と問いかけが含まれているように思える。

加藤義夫(インディペンデント・キュレーター)
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